ご本尊の不思議なご縁

大悲庵支部のご本尊は聖観音様です。遡ること40年ほど前、ある小さな地方都市の食品加工工場で大変な事故が起こりました。3月、その年に高校を卒業したばかりの青年が正社員として入社する前の研修中に機械に挟まれ、身体の一部を失ってしまいます。その会社の社長は大変心を痛め、そのような事故が二度と起こらないようにと、工場に観音様を請来しました。やがてその会社はその工場を売却し、いつしかその観音様は所在不明となったのです。

実はその工場を買い取った会社の従業員が、その観音様を処分するために浜辺で火を焚き、お厨子ごと火の中に投げ入れたといいます。すると、どうしたことでしょう、お厨子が焼けたところで火が荒れ狂い、その従業員はやけどを負ってしまいます。「これは大変だ」と観音様を焼くことを諦め、工場に持ち帰りました。それを聞いた(工場を買収した)社長夫人は観音様を自宅に持ち帰り、以来毎日茶湯仏飯をお供えし供養しました。

ある冬、東京へ

事故から三十年以上経ったある日のこと、その観音様を請来した社長の娘は縁あって日本百観音霊場巡礼を結願します。結願の日の帰り道、自分が子供の頃、父親の会社に観音様がいたことを天から降ってきたように突然思い出しました。

観音様の行方を探そうにも売却した工場は跡形もなく、父親も早くに他界しており、身内はその存在すら忘れておりました。あちこち尋ねたところ、ついに社長夫人がいまだ大切に自宅で供養していることが判明します。「一度で良いから、拝ませてください」と、父の観音様に会いに数百キロの道のりを越えて観音様に会いにいきました。
ご夫人は「あなたのお父様が請来した観音様ですから、あなたが引継ぐのがよいでしょう」と何十年も大事に拝んでいた観音様をその場で丁寧に布で包み、娘に渡しました。まるで観音様を託して安心したかのように、ほどなくこのご夫人は他界されたのです。数十年の時を経て父の観音様を引き継いだこの娘が当庵の庵主であることはいうまでもありません。

燃え盛る火をくぐり抜けて、残った観音様。不思議なことにどこにも焦げた跡がありません。背面には庵主の父親の名前と願意が書かれています。また当時、開眼をなさった他派のお寺のご住職が目に墨を入れています。当宗派では開眼の際に実際に墨を入れることはほぼないことであり、墨が入ったことで少し変わった眼をしておられます。のちに聞いた話では開眼をなさったご住職の手が酒切れで震えて左右バラバラに墨が入ってしまったとも・・レディーガガの目玉メイクを彷彿させるような眼でございます。ガガ様観音・・困難をくぐり抜ける観音様といえるでしょう。